« TheValleyDays2010/episode6. Happy Halloween | トップページ | TheValleyDays2010/epilogue »

2010.11.14

TheValleyDays2010/episode7. Thriller

episode7. Thriller

初めてその岩を見上げたのは8年前。
夢に出てくるほどかっこいいラインだった。
その岩と、岩の前に枝を広げた不思議なオークの巨木を見上げながら。
いつかきっと登る、と僕は僕に約束した。

秋のヨセミテツアーが恒例になって、今回で4年目。
最初は【Bruce Lee】、翌年が【The Force】、昨年は【Drive On】と毎年目標を立てて、そして登り、ようやく最後にこのラインの前に立つことができた。

昨年もツアー終盤にトライしたが、【Drive On】で疲弊した指には厳しく、あと3手を残して敗退だった。

今年は自分のコンディションも万全。ウォーミングアップも完璧。岩の状態も、いい風が吹いて雨のなごりを吹き飛ばしてくれいる。
僕の心も体も、エネルギーが満ちているような、沸き立ってくるような、最高の状態だった。

一緒にトライしている足場建夫さんと情報を交えつつ、下部のムーブを修正すると1度目のトライから驚くほどスムーズに核心に入れた。
それでもやはり核心の1手は躊躇するようなムーブ。
左手は決して大きいとは言い難いエッジを全力で握り締め、右足は小さく、さらに外傾したわずかな突起。左足はホールドと呼ぶに値しない外傾面へのスメアリング。少しでも体幹を緩めればスリップ。ムーブを起こしながらスリップすればどういう落ち方をするのだろう。右手をガバから離しその1手を出すのがとてつもなく恐ろしい。
核心から飛び降りてその恐怖を垣間見つつ、僕は今日に至る1年間を思い出していた。

昨年のツアーを終えて、真っ先に考えたことは次のツアーで確実に【Thriller】を登ることだった。
確実性を高めるためには今まで学んできたことにプラスして、クリンプと体幹を強化する必要がある。強化メニューをこなすための準備段階から計画して、一つずつ、少しずつ。
自分の身体と技術を鍛えていくのは、【Thriller】に近づいている実感があって楽しかった。
夏も終盤にさしかかった頃には、自分が強くなっていると確信できるようになっていた。
プラスティックでも、コンペでも、岩でも、常に頭の中には【Thriller】のことがあった。
たった1本の課題にそこまで執着する僕のことを不思議に思う人もいるかもしれない。
もちろん、グレードなどではない。
ラインのもつ魅力と、その魅力ゆえの8年前の自分との約束が、この執着を生んでいる。
【Midnight Lightning】からはじまった、ヨセミテでの僕の僕への約束。
その最後の約束は目の前、もうすぐそこに。

2トライ目で核心から飛び降りて、恐怖感をすりこまれ始めた心と体を癒すためにレストを入れる。
こんな時に頼りになるAsami先生に、恐怖心との付き合い方を尋ねてみると、やっぱりな回答で、いつも通りなんだと自分に言い聞かせた。
曰く、恐怖心を認めた上でそれを横に置き、目的に集中する。
それなら今まで学んできたことだ。大丈夫。
むしろ恐怖心よりも、完登を意識したプレッシャーで萎縮してしまうことの方が怖い。
けれど、それも昨年【Drive On】のトライで学んだ。
プレッシャーも含め楽しめている。大丈夫。
指の痺れがとれてくるにつれ、また心と体に力が満ちてきた。

Rimg0164
【Thriller】を見上げる。

太陽を浴びて、深呼吸。
…きた。
いつものあの感じ。
次のトライで登れるという確信。
急にそわそわして、トライの準備をする。
確信を口にしない。
現実のものにすればいい。
シューズを履く。
スポットはいてもいなくてもあまり関係ないのでいらない。
チョークを着けて、両腕に血液を送りながら頭の中を空にしていく。
森が鳴って風が吹いた。

風が凪いだタイミングで取り付く。
スタートから1手ずつ。完璧なホールディングとボディポジションで、自分でも驚くほどスムーズにムーブが進んでいく。
余裕を持ってアイスクリームコーンを掴み、左足を手に足で上げ、核心へ。
左手指をゆっくりとエッジに合わせる。苦しい体勢で左、右と足を動かす。
核心の恐ろしいムーブ。
自信とモチベーションが恐怖心をコントロールする。
右手を伸ばし、初めて触れるエッジを掴む。
ここからの2手。
未知のホールドで未知のムーブへ。
全身全霊を込める。
想像していたより悪いエッジを左手で保持してリップを見上げた。

右手でリップを掴み、僕は初めて声を上げた。

岩の上に立って数歩。
この場所に立つためにかけた8年間。
この1年間のトレーニング。
純粋に登れた喜び。
よくわからない。
頭がグチャグチャになるような感動でまともに動けなくなり、顔をおさえ立ったり座ったりを繰り返す。
混沌とした感動の渦から顔をだしてきたのは、感謝だった。
一緒にツアーに来てくれた仲間に。
一緒にトライしてくれた足場さんに。
おめでとうと声をかけてくれる皆に。
今まで応援してくれた皆に。
この岩と【Thriller】という課題に。
ヨセミテで出会った全てに。
クライミングで出会った全てに。
今まで登ってきた岩の全てに。
クライミングそのものに。
感謝。

やっと手が届く高さになったオークの巨木。
大きく広がるその枝を、僕は岩の上からそっと掴んだ。

Rimg0399
【Thriller】のオーク。約束の木。

2010年10月26日
僕の約束の日

|

« TheValleyDays2010/episode6. Happy Halloween | トップページ | TheValleyDays2010/epilogue »

bouldering」カテゴリの記事

Yosemite」カテゴリの記事

コメント

THRILLER、おめ!


「きっと登るでしょ」
そんな予感はしていたね、って人は何人かいたろうしSINくんも予感してたんちゃ??


日記もお疲れちゃんすhappy01

投稿: おけい | 2010.11.14 23:14

本当におめでとうございます!
その場にいなかったのが本当に悔やまれます・・・
ジムでしんさんのプロジェクト作りはThrillerを想定しての練習だったことこの間初めて知り、やっぱすごいなと思いました。

投稿: あき | 2010.11.14 23:18

> おけいちゃん

ありがと!
本文中にもあるように、準備してたからね。予感とかじゃなくて登れないってことは有り得ないと思ってたよ。
素晴らしい課題でした。

投稿: SIN | 2010.11.15 10:50

> あき

ありがとね!
さすがに2年連続で敗退するわけにもいかんからねー。
どんな状況でも登れるように準備したつもりです。
その準備そのものもたのしーんだわ♪

投稿: SIN | 2010.11.15 10:52

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1244589/37649507

この記事へのトラックバック一覧です: TheValleyDays2010/episode7. Thriller:

« TheValleyDays2010/episode6. Happy Halloween | トップページ | TheValleyDays2010/epilogue »